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東京高等裁判所 平成11年(ネ)4388号 判決

控訴人(原告) 清川隆男

右訴訟代理人弁護士 程島利通

被控訴人(被告) 長嶺久枝

〈他1名〉

右両名訴訟代理人弁護士 林吉彦

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

二  控訴人が、別紙物件目録二記載の土地のうち、別紙図面②記載のハ、ニ、ル、ヌ、ハの各点を順次直線で結んだ範囲内の土地につき、囲繞地通行権を有することを確認する。

三  被控訴人らは、控訴人が第二項の土地を通行することを妨害してはならない。

四  被控訴人長嶺久枝は、控訴人に対し、第二項の土地上に設置した植木鉢等の物件を撤去して同土地を明け渡せ。

五  控訴人の主位的請求及びその余の予備的請求をいずれも棄却する。

六  訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを二分し、その一を控訴人の、その余を被控訴人らの各負担とする。

事実及び理由

第一控訴の趣旨

一  原判決を取り消す。

二1  (主位的請求)

控訴人が、別紙物件目録二記載の土地(以下「乙土地」という。)のうち、別紙図面①記載のニ、ト、ヘ、ハ、ニの各点を順次直線で結んだ範囲内の土地(以下「本件係争地一」という。)につき、同目録一記載の土地(以下「甲土地」という。)を要役地とする通行地役権を有することを確認する。

2  (予備的請求)

控訴人が、乙土地のうち、本件係争地一につき、囲繞地通行権を有することを確認する。

3  (当審における予備的請求)

(一) 控訴人が、乙土地のうち、別紙図面②記載のハ、ニ、ル、リ、チ、ヌ、ハの各点を順次直線で結んだ範囲内の土地(以下「本件係争地二」という。)につき、甲土地を要役地とする通行地役権を有することを確認する。

(二) 控訴人が、乙土地のうち、本件係争地二につき、囲繞地通行権を有することを確認する。

三  被控訴人らは、控訴人が第二項の本件係争地一又は二を通行することを妨害してはならない。

四  被控訴人らは、控訴人に対し、第二項の本件係争地一又は二に設置した物件を撤去して同土地を明け渡せ。

五  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

第二事案の概要

本件は、幅約九〇センチメートルの路地状の土地により公道に通じる甲土地の所有者である控訴人が、隣接する乙土地の所有者である被控訴人らに対し、主位的に、本件係争地一につき、明示若しくは黙示の設定契約により、又は、取得時効により、甲土地を要役地とする通行地役権を有すると主張し、予備的に、囲繞地通行権を有すると主張し、さらに、当審において、本件係争地二につき、通行地役権又は囲繞地通行権を有すると主張し、これらの通行権の確認を求めた上、右の通行権に基づき、通行妨害の禁止及び本件係争地一又は二の上に設置された物件の撤去を求めた事案である。

一  基礎となる事実

1  甲土地及び乙土地は、もと阿部品子(以下「品子」という。)が所有する一筆の土地(横浜市南区《番地省略》の山林一畝八坪。以下「元番の土地」という。)であったが、品子は、昭和四〇年八月四日、小林秀男(以下「小林」という。)に対し、夫である阿部今朝美(以下「今朝美」という。)が甲土地上に新築した別紙物件目録三記載の建物(以下「甲建物」という。)とともに甲土地を売り渡し、同年九月一三日、元番の土地を甲土地と乙土地に分筆した。そして、小林は、同年一〇月七日、甲土地につき所有権移転登記を、甲建物につき所有権保存登記をそれぞれ経由した。(以下の事実は、《証拠省略》)

2  甲土地及び甲建物は、昭和四六年三月八日、小林から加賀谷きみ江及び加賀谷博(以下「加賀谷ら」という。)に売り渡され、昭和四九年四月三〇日、控訴人がこれらを買い受け、同年五月一日、共有者全員持分移転登記を経由した。他方、分筆後の乙土地は、昭和四六年七月一日、被控訴人長嶺久枝(以下「被控訴人久枝」という。)の夫である長嶺勝己(以下「勝己」という。)が、乙土地上に今朝美が新築した別紙物件目録四記載の建物(以下「乙建物」という。)とともに、品子から買い受けた。そして、勝己は、昭和五三年一〇月四日、乙土地につき所有権移転登記を、同年一一月六日、乙建物につき所有権保存登記をそれぞれ経由したが、平成元年七月三日に死亡し、妻である被控訴人久枝と子である被控訴人長嶺秀登が、乙土地及び乙建物を相続した。(以下の事実は、《証拠省略》)

3  甲土地及び乙土地の形状並びに位置関係は、別紙図面①②のとおりである。甲土地及び乙土地は、全体的に北から南に向かって低くなっている傾斜地上にあり、西側で公道に接しているが、南側及び東側の土地との間には高低差がある。甲土地は、別紙図面①②のロ、ホ、ニ、ハ、ヘの各点を順次直線で結んだ範囲内の土地(長さ約九メートル。以下「路地状の土地」という。)により公道に接しており、西端の間口部分である同図面①②のロ点とハ点を結ぶ直線の長さは〇・九四メートル、東端のニ点とホ点を結ぶ直線の長さは〇・九メートルであり、路地状の土地の幅は概ね〇・九メートルである。また、路地状の土地の南半分は、法面の擁壁部分になっており、右の擁壁部分は、下から、四、五段積みの大谷石のブロックによる基礎(土台)部分、五段積みの重量ブロックの部分、四段積みの軽量ブロック塀から成っている(この擁壁部分の状況は、元番の土地を品子が所有していた当時から変化はない。)。したがって、路地状の土地のうち、現状のままで通路として使用することができるのは、別紙図面①②のロ点とハ点を結ぶ直線の北側〇・五四メートル、ニ点とホ点を結ぶ直線の北側〇・四八メートルの幅をもった部分(概ね〇・五メートル幅)にすぎない。

路地状の土地と本件係争地一は、コンクリート舗装され、全体的に通路のようになっており、その西側には公道に向かい一〇段のコンクリート製の階段(以下「本件階段」という。)が設置されているが、本件階段に沿った路地状の土地は、大部分がコンクリート舗装された急傾斜のスロープと前記の擁壁部分である。なお、本件係争地一の概ね北側には、乙建物のベランダの支柱が三本設置され(別紙図面①のA、B、Cの部分)、濡れ縁(同図面Dの部分)があり、植木鉢やプランターなどが置かれているが、南側には特に何も置かれておらず、その部分は通行が可能な状態になっている。ちなみに、路地状の土地及び本件係争地一の東端の甲土地上には、ブロック五段積みの門柱(以下「本件門柱」という。)が二本設置されている。(以上の事実は、《証拠省略》)

二  争点に関する当事者の主張

1  控訴人

(一) 本件係争地一についての通行地役権(主位的請求)

(1) 明示の通行地役権設定

品子は、元番の土地から甲土地を分筆して小林に売り渡すに際し、甲土地は、間口約〇・九メートル、奥行約九メートルの路地状の土地により公道に接しているものの、崖地であり、建築基準法四三条一項所定の建築敷地として要求される間口二メートルの接道義務の条件を満たさないことから、小林に対し、甲土地の通行の必要に供するため、甲土地を要役地、本件係争地一を承役地とする通行地役権を設定した。

(2) 黙示の通行地役権設定

仮に、明示の通行地役権が設定されたとしても、以下の事情によれば、品子は、小林に対し、甲土地の売買契約のころ、又は、遅くとも乙土地を勝己に売り渡したころまでには、本件係争地一を承役地、甲土地を要役地とする通行地役権を黙示的に設定したと解すべきである。

① 甲土地は、品子が所有する元番の土地の一部であるが、品子は、公道から奥まった甲土地を小林に売り渡し、公道に面する乙土地を後日の分譲のため留保した。しかし、甲土地が公道と接する路地状の土地は、南側隣地との間に九〇度近い法と高さ約二・二メートルの段差があり、西側公道とも同じくらいの段差がある土地であり、幅員は約〇・九メートルあるものの、南側には隣地境界に沿って高さ約二・二メートルの擁壁と転落防止のための四段積みの軽量ブロック塀が設置されていたから、路地状の土地だけの通行は事実上不可能であった。したがって、品子は、小林に対し、自己に留保した残地である乙土地につき、通路開設の義務を負担していたものである。

② 小林は、甲土地を買い受けた後、本件係争地一に対面し、同土地を通行することを前提とした本件門柱を、甲土地の境界に沿って設置したところ、品子は、本件門柱の設置を承諾し、小林及びその後の甲土地所有者が本件係争地一を通行使用することを容認していた。ちなみに、甲土地と南側隣地の境界である別紙図面①のホ点と本件門柱の北端のト点を結ぶ直線の長さは、約二メートルであり、建築基準法四三条一項の要求する敷地の接道幅と符合する。

③ 小林は、本件係争地一を通行するため、その西側公道に面する部分に、路地状の土地に跨るコンクリートの階段(本件階段)を設け、さらに、本件門柱の出入口の中心から本件階段に向かう本件係争地一上に、直径約〇・四メートル大の大谷石の飛び石(五、六個)を敷設した。また、路地状の土地の大部分は、昭和五八年ころまで植込みになっており、通路として使用することができる状態ではなかったから、小林ら甲土地の所有者は、本件係争地一を通行して西側公道に出るほかなかった。品子は、これらの事情をすべて知っていたものである。

(3) 通行地役権の時効取得

小林は、阿部から、甲土地を居宅敷地として買い受け、本件係争地一に本件階段を設け、前記(2)③のとおり、大谷石の飛び石を敷設し、本件門柱を設置する等して、平穏かつ公然と本件係争地に通路を開設したものであり、右の通路の開設及び通行につき善意無過失である。したがって、控訴人は、小林が甲土地を買い受けて本件係争地一に通路を開設した昭和四〇年一〇月七日から、一〇年後である昭和五〇年一〇月七日の経過により、本件係争地一を承役地、甲土地を要役地とする通行地役権を時効取得した。

(二) 本件係争地二についての通行地役権(当審における予備的請求)

品子(代理人今朝美)は、昭和四六年七月一日、乙土地を勝己に売り渡す際、別紙図面②のリ点(甲土地と乙土地の境界石が設置されているニ点から〇・九一メートルの地点)に、通路境であることを明らかにするため、鋼鉄製の界標鋲を打ち込み、甲土地の所有者が現に通行のため使用していた本件係争地二は、甲土地の通路であることを明示した。したがって、仮に本件係争地一に通行地役権が認められなくとも、品子は、少なくとも本件係争地二に、甲土地を要役地とする通行地役権を設定していた。

(三) 囲繞地通行権(予備的請求)

甲土地は、昭和四〇年九月一三日にされた分筆により、元番の土地の一部であった乙土地の南側の本件係争地一を通行しなければ公道に達することができなくなったものであり、本件係争地一の通行は、甲土地の所有者である控訴人のために必要であり、乙土地の所有者である被控訴人らにとっても損害の最も少ない方法であるから、控訴人は、本件係争地一につき囲繞地通行権を有する。

甲土地は、路地状の土地によって公道に接しているものの、南側及び東側の隣地との間に九〇度近い法と約二・二メートル以上の段差がある崖上の土地であるから、民法二一〇条二項の準袋地といえるものであり、幅員約〇・九メートルの路地状の土地も、その南側は、右の法面と危険防止のための擁壁やブロック塀で占められており、日常生活上必要な通路部分はほとんど存在しないから、控訴人は、本件係争地一を通行しなければ、公道に達することができない。そして、控訴人は、甲建物の敷地として、建築基準法四三条一項所定の間口二メートルの接道義務の条件を満たす必要があるから、囲繞地通行権の成立する範囲は、幅二メートルの本件係争地一であるといわなければならない。他方、被控訴人らは、西側公道との出入りのため、独自の出入口階段を乙土地の西北側に設置しており、乙建物の玄関もそちらにあり、ベランダの支柱及び濡れ縁を除けば、主に植木鉢等の置き場所として、本件係争地一を利用しているにすぎない。よって、本件係争地一を控訴人の通行の用に供することに何の支障もない。

仮に、本件係争地一に囲繞地通行権が認められなかったとしても、本件係争地二の範囲では囲繞地通行権が発生している。

(四) 被控訴人らの妨害行為

勝己は、昭和四九年七月中旬ころ、控訴人に無断で別紙図面①のA、B、Cの部分にベランダの支柱を設置し、その後、Dの部分に新たに幅の広い濡れ縁を設置して、控訴人の通行を妨害した。また、主に被控訴人久枝は、昭和五八年五月以降、本件係争地一の上に、植木鉢、プランター、コンクリートブロック、ミニ灯籠などを設置し、控訴人の本件係争地一の通行を著しく妨害している。

2  被控訴人らの反論

(一) 本件係争地一についての通行地役権

品子は、小林に対し、通行地役権を設定していないし、黙示的に通行地役権が設定されたことを窺わせる事情もない。

(1) 小林は、品子から、路地状の土地に通路が敷設された甲土地と新築の甲建物を買い受け、当時野菜畑であった乙土地を無断で通行していたが、このことと乙土地の一部に通行地役権が設定されたこととは無関係である。小林が乙土地を通行していたのは、乙土地の所有者である品子が苦情を言わなかったからであり、勝己及び被控訴人らも、控訴人が本件係争地一の一部を通行することを好意で黙認していたにすぎない。

(2) 小林は、本件係争地一の西側公道に面する部分に本件階段を設置してはいないし(本件階段を設置したのは勝己である。)、大谷石の飛び石を設置してもいない。また、路地状の土地は、昭和五八年ころまで裸地の状態ではあったが、植込みにはなっておらず、通行することができないような状態であったことはない。

(3) 小林は、本件係争地一に通路を開設していないから、通行地役権の時効取得は認められない。

(二) 本件係争地二についての通行地役権

別紙図面②のリ点に鋼鉄製の界標鋲があったとの主張は否認する。そもそも、そのような界標鋲は存在しておらず、被控訴人らがそのような界標鋲を隠蔽したということはあり得ない。

(三) 囲繞地通行権

甲土地は、幅員約〇・九メートルの路地状の土地によって西側公道に通じているから、袋地ではない。また、路地状の土地の右の幅員は、甲土地と西側公道を行き来するための通路としては相当なものであり、これが建築関係法令の基準を満足するか否かは、囲繞地通行権の問題とは無関係である。

路地状の土地の南側隣地との間に、二ないし三メートルの高低差があるが、これは利用方法の改善によって解決できる問題であり、控訴人は、本件階段を通って西側公道と行き来することができるから、甲土地は準袋地にも当たらない。

3  主要な争点

① 通行地役権の成否

② 囲繞地通行権の成否

第三当裁判所の判断

一  争点①(通行地役権の成否)について

1  控訴人は、品子は、小林と甲土地の売買契約を締結するに際し、本件係争地一につき、甲土地を要役地とする通行地役権を設定したものであり、仮に、明示的な設定契約がなかったとしても、右売買契約時又は遅くとも乙土地を勝己に売り渡したころまでには、本件係争地一を承役地、甲土地を要役地とする通行地役権を黙示的に設定したと主張するので、この点につき判断する。

(一) 《証拠省略》によれば、以下の事実が認められる。

(1) 品子は、元番の土地(一畝八坪)の一部の甲土地を小林に譲渡し、その余の乙土地は別途分譲することとし、小林と甲土地の売買契約を締結した後である昭和四〇年九月一三日、面積の小さい乙土地(一七坪)を西側公道側に、他方、奥まった位置にある甲土地(二一坪)は路地状の土地により公道に接するよう配慮し、分筆登記をした。なお、品子は、元番の土地を所有していた当時から、川崎市に居住しており、甲土地及び乙土地の利用関係等を知り得る状況にはなかった。

(2) 右分筆当時、甲土地と南側及び東側の隣地の間には、高低差が二メートルを超える法面の角度がほぼ九〇度近い段差があり、隣地への転落等の危険を防止するため、甲土地と南側の隣地との間には、現在と同じ四段積みの軽量ブロック塀を含む擁壁部分が設置されていた。

(3) 小林は、品子から甲土地及び甲建物を買い受けた後、本件係争地一の東端の甲土地内に本件門柱を設置し、路地状の土地だけでなく、これに接する乙土地の一部を通行し、西側の公道との出入りをしていた。このような通路の利用状況は、その後甲土地を買い受けた加賀谷らも控訴人も同様であったが、これについて、乙土地の所有者である品子や勝己から苦情の申入れを受けたことはなかった。

(4)① 勝己は、乙土地を買い受けた昭和四六、四七年ころ、本件係争地一及び路地状の土地から西側公道に降りる階段を、一〇段のコンクリートの階段に改造した(これが本件階段である。)。

② 控訴人と勝己は、昭和五一年ころ、本件係争地一と路地状の土地に、共通の水道管を敷設した。

③ 勝己は、昭和五二年ころ、本件係争地一をコンクリート舗装し、また、別紙図面①のA、B、Cの部分に、乙建物のベランダの支柱を設置し、その後、Dの部分に濡れ縁を設置した(控訴人は、これらについて特に苦情を申し入れることはなかった。)。

④ 控訴人と勝己は、昭和五八年五月ころ、本件係争地一及び路地状の土地につき、下水道工事を行い、勝己方の下水管は本件係争地一に、控訴人方の下水管は路地状の土地にそれぞれ敷設された。

⑤ 路地状の土地には、前記④の下水道工事が行われた昭和五八年ころまで、丈の低い植物を植えた植込みがあり、その部分を通行の用に供することはできない状態であったが、この植込みがいつころからいつころまで存在していたかは明らかでない。なお、平成二年一〇月一〇日、リマスポット弘明寺C棟新築工事に伴う事前調査が行われたが、その時点では、路地状の土地の植込みはなくなっており、路地状の土地の大部分は裸地になっていた(路地状の土地がコンクリート舗装されたのは、平成三年ころである。)。

(二) これに対し、控訴人は、小林が本件係争地一を通行するため、西側公道に面する部分に、路地状の土地に跨るブロックの階段(本件階段)を設け、本件門柱の出入口の中心から本件階段に向かう本件係争地一上に、大谷石の飛び石を五、六個敷設したと主張し、控訴人本人もこれに沿う供述をしているが、これを裏付ける客観的な証拠はなく、小林の行為に関する控訴人の供述はほとんどが伝聞であり、被控訴人久枝が右の事実を否定していることに照らしても、右の供述を採用することはできず、他に控訴人の右の主張を認めるに足る証拠はない。他方、被控訴人らは、路地状の土地に植込みがあったことを全面的に否定し、これに沿った被控訴人久枝の供述及び目撃者の陳述書もあるが、これらの主張及び証拠は、路地状の土地を撮影した写真に照らし、採用することはできない。

(三) 前記(一)の認定を踏まえて検討するに、品子は、一畝八坪と面積が狭く、傾斜地にある元番の土地を、二つに分け建売分譲しようと考えて甲土地と乙土地に分筆し、公道から向かって奥まった位置にある甲土地につき、公道への通路を確保するため、幅約〇・九メートルの路地状の土地を残したものである。仮に、品子が、右の幅以上の通路を甲土地のため確保しようと考えていたとすれば、路地状の土地の幅をより広く取って分筆したことと思われ、殊更右の幅の路地状の土地のみを甲土地に残したということは、甲土地から公道への通路は当面路地状の部分のみで足りると考えていたからであると認めるのが合理的である。そうすると、品子は、小林と甲土地の売買契約を締結した当時、乙土地の一部を小林に通路として利用させる意思を有していたと認めることは困難であり、他に品子と小林の間において、明示的に本件係争地一につき通行地役権を設定する旨の合意があったことを認めるに足る証拠はない。

(四) 次に、品子は、黙示的に本件係争地一に通行地役権を設定したと認めることができるか否かを検討するに、幅約〇・九メートルの路地状の土地は、南側が擁壁部分になっていたから、通路として利用できる部分は概ね〇・五メートルであり、南側の隣地との間の高低差からすると、右の擁壁部分を撤去してこれを通路にすることは困難な状況である。そして、小林は、甲土地を買い受けた後、路地状の土地に接する乙土地の一部を通行することを前提に本件門柱を設置し、右の土地部分を通行しており、時期は明らかでないが、路地状の土地に植込みが設置された後は、路地状の土地の通行ができなくなり、乙土地の一部のみが甲土地から西側公道への通行の用に供され、加賀谷ら及び控訴人も、乙土地の一部を通路として利用していたものである。

このように、乙土地の一部に通行権が存在することを窺わせる事情が認められるが、これらは、乙土地の所有者が、隣人である甲土地の所有者のため、好意により乙土地の一部を通行させたとも窺われなくはないから、これらにより直ちに、品子が甲土地の所有者に対し、乙土地の一部に黙示的に通行地役権を設定したと認めることは困難である(特に、路地状の土地の植込みは、品子が乙土地を勝己に売り渡した昭和四六年までに設置されていたことを認めるに足る証拠はない。)。また、品子は、川崎市に居住しており、甲土地及び乙土地の日常的な利用関係を把握していたわけではないから、路地状の土地のみでは甲土地から西側公道に出入りするのに支障があること及び小林ら甲土地の所有者が乙土地の一部を通行の用に供していたことを知悉していたと認めることはできない。そうすると、品子は、甲土地を要役地、乙土地の一部である本件係争地一を承役地とする通行地役権を黙示的に設定したと推認することはできないというべきである。

2  控訴人は、本件係争地一につき、通行地役権を時効取得したと主張するが、通行地役権を時効取得するには、承役地たるべき他人所有の土地の上に通路を開設することを要し、その開設は要役地の所有者によってされることを要する(最高裁昭和三〇年一二月二六日第三小法廷判決・民集九巻一四号二〇九七頁参照)。

しかして、前記1(一)(二)のとおり、小林は、本件門柱を設置したものの、本件係争地一について、大谷石の飛び石や本件階段を設置したと認めるに足る証拠はなく、他に要役地である甲土地の所有者である小林、加賀谷ら及び控訴人が、本件係争地一に通路を開設したことを窺わせる事情を見いだすことはできない。したがって、本件係争地一につき通行地役権を時効取得したとの控訴人の主張を採用することはできない。

3  控訴人は、品子(代理人今朝美)は、乙土地を勝己に売り渡す際、別紙図面②のリ点(甲土地と乙土地の境界石が設置されているニ点から〇・九一メートルの地点)に、通路境であることを明らかにするため鋼鉄製の界標鋲を打ち込み、甲土地の所有者が現に通行のため使用していた本件係争地二が通路であることを明らかにし、本件係争地二につき通行地役権を設定したと主張する。

《証拠省略》によれば、控訴人が平成四年一一月中旬ころ撮影した写真には、本件門柱に接する別紙図面②のリ点付近に鋼鉄製の鋲のようなものが写っているが、控訴人が平成一一年九月一〇日に撮影した同じ場所の写真には、モルタルが塗られている状況が写っていることが認められる。控訴人は、平成四年一一月中旬にリ点付近にあった鋲は、品子が通路境であることを明らかにするために打ち込んだ界標鋲であると主張するが、右のころ撮影した写真に写っている鋲のようなものが、通路境を示す鋲であるか否かは明らかでないし、品子が通路境を明らかにするためこれを打ち込んだという事実を認めるに足る証拠はない。仮に、乙土地に設定された通行地役権の範囲を明示するためリ点に鋲を打ち込んだとすれば、本件係争地二の西端であるチ点付近にも鋲を打ち込んでいるはずであるが、チ点付近にそのような鋲を見いだすことはできない。また、現時点では、リ点付近はモルタルが塗られており、そこに界標鋲が存在することを確認することもできない。そうすると、品子が通路境を明らかにするためリ点に界標鋲を打ち込んだことを認めることは困難であるから、その事実を前提に本件係争地二に通行地役権が設定されたとする控訴人の主張も採用することはできない。

4  以上の次第であるから、控訴人が、甲土地を要役地とし本件係争地一又は二を承役地とする通行地役権を取得したと認めることはできず、したがって、通行地役権の確認を求め、かつ、通行地役権に基づき通行妨害禁止及び妨害排除を求めた控訴人の請求は、すべて理由がない。

二  争点②(囲繞地通行権の成否)について

1  控訴人は、甲土地は、昭和四〇年九月一三日に分筆された結果、元番の土地の一部であった乙土地の南側の本件係争地一を通行しなければ公道に達することができなくなったものであり、本件係争地一の通行は、甲土地の所有者である控訴人のために必要不可欠であり、乙土地の所有者である被控訴人らにとって損害の最も少ない方法であるから、控訴人は、本件係争地一につき囲繞地通行権を有すると主張する。これに対し、被控訴人らは、甲土地は路地状の土地により西側公道に通じていると主張しており、確かに、甲土地は、路地状の土地によって公道に接しているから、厳密に言えば袋地には当たらない。

しかしながら、路地状の土地は、幅約〇・九メートルであるものの、その南側は擁壁部分になっているから、実質的に通路として利用できるのは、幅約〇・五メートルの範囲でしかなく、控訴人らが日常生活において通行に利用する通路の幅としては狭きに失するといわざるを得ない。しかも、路地状の土地から西側公道に下りる本件階段の部分は急傾斜になっており、現在スロープになっている部分をコンクリートの階段に改造したとしても、通路として利用できる部分が〇・五メートル幅では、昇降に支障を来すことは明らかである。甲土地の所有者においてこの状態を解消するには、甲土地と乙土地の分筆前から存在する路地状の土地の南側の擁壁部分を撤去する以外にないが、甲土地と南側及び東側の隣地との間には、法面の角度が九〇度近い段差と二メートルを超える高低差があるから、通行者の転落、危険物の落下、さらに、土砂崩れ等災害を防止する上で、軽々に擁壁部分を撤去することはできないといわなければならない。

このように、甲土地は、厳格な意味では公路に通じない袋地ではないが、土地の状況、位置、通路の形状などから、それのみでは公道との出入りに極めて大きな支障を来すことは明らかであるから、このような場合には、甲土地を袋地と同視し、隣接する乙土地に必要最小限度の範囲で囲繞地通行権を認めるのが相当であり、そのように解しても、公益上の観点から隣接する土地相互の利用の調整を図ることを目的とした民法二一〇条に反するものではない。したがって、甲土地の所有者である控訴人は、乙土地の一部につき、囲繞地通行権を有すると解すべきである。

2  そこで、囲繞地通行権が成立する乙土地の範囲が問題になるが、現在、路地状の土地のうち通路として使用することができるのは、幅約〇・五メートルの範囲であるところ、甲土地の利用者が、奥の甲土地まで約九メートルの距離を、日常生活において一般的に持参するであろう荷物を抱えるなどして、本件階段を昇降し、平坦な箇所を通行するとすれば、少なくとも幅約一メートルの通路を確保することが必要である。そうすると、甲土地と乙土地の境界である別紙図面②のハ点とニ点を結ぶ直線に沿って、乙土地上に幅約〇・五メートルの通路を確保すべきことになるから、甲土地の所有者である控訴人は、同図面のハ、ニ、ル、ヌ、ハの各点を順次結んだ直線に囲まれた部分(以下「本件土地」という。)につき、囲繞地通行権を有すると認めるのが相当である。

他方、被控訴人らは、ベランダの支柱三本及び濡れ縁を除けば、本件係争地一を、主に植木鉢等移動可能な物件の置き場所として利用しているにすぎないものであり、右のように本件土地に囲繞地通行権を認め、控訴人がそこを通路として使用したとしても、別紙図面①のA、B、Cの部分に設置されているベランダの支柱三本、Dの部分に設置されている濡れ縁を撤去する必要はなく、本件土地上に設置した植木鉢等を若干移動する程度で済むから、被控訴人らに日常生活上の支障を生じさせることはほとんど考えられない。このことは、被控訴人久枝が、本人尋問において、これまで小林、加賀谷ら及び控訴人が、路地状の土地から〇・四ないし〇・五メートル程度はみ出して通行しても、これに文句を言ったことはなかったと供述していることからも裏付けられる。

3  ところで、控訴人は、甲土地は、甲建物の敷地として、建築基準法四三条一項所定の間口二メートルの接道義務の条件を満たす必要があるから、これを確保するためにも本件係争地二につき囲繞地通行権を認めるべきであると主張する。しかし、建築基準法四三条一項本文は、主として避難又は通行の安全を期して接道要件を定め、建築物の敷地につき公法上の規制を課しているのに対し、民法二一〇条は、相隣接する土地の利用の調整を目的として、特定の土地がその利用に関する往来通行につき必要不可欠な公道に至る通路を欠く場合に、囲繞地の所有者に対して袋地の所有者が囲繞地を通行することを一定の範囲で受忍すべき義務を課し、これによって、袋地の効用を全うさせようとするものである。このように、右の各規定は、その趣旨、目的等を異にしているから、単に特定の土地が接道要件を満たさないとの一事をもって、同土地の所有者のため、隣接する他の土地につき接道要件を満たすべき内容の囲繞地通行権が当然に認められると解することはできない(最高裁昭和三七年三月一五日第一小法廷判決・民集一六巻三号五五六頁参照)。したがって、接道要件を満たすべきことを理由として、幅約二メートルの本件係争地一につき囲繞地通行権を有するとする控訴人の主張を採用することはできない。

4  以上のように、控訴人は、乙土地のうち、別紙図面②のハ、ニ、ル、ヌ、ハの各点を順次結んだ直線に囲まれた部分につき、囲繞地通行権を有すると認めることができる。

三  まとめ

1  被控訴人らは、本訴において、乙土地の一部である本件土地に控訴人が囲繞地通行権を有することを強く争っており、《証拠省略》によれば、被控訴人久枝が設置した植木鉢等の物件は、本件土地の一部にまでかかっていると認められる。そうすると、控訴人が本件土地につき囲繞地通行権を有することの確認請求については、確認の利益があるというべきであるし、加えて、控訴人は、乙土地の所有者である被控訴人らに対し、本件土地の通行妨害禁止を求めることができると解するのが相当である。また、右のように、被控訴人久枝は、本件土地の一部に植木鉢等の物件を設置して本件土地を占有していることになるから、控訴人は、同被控訴人に対し、右の物件を撤去して本件土地を明け渡すよう求めることができる(被控訴人長嶺秀登は、現在、乙建物に居住しておらず、右の植木鉢等の設置に関与しているとは認め難いから、同人に対する右の妨害排除請求は理由がない。)。

2  以上によれば、控訴人が本件係争地一につき通行地役権を有することの確認を求めた主位的請求及び本件係争地二につき通行地役権を有することの確認を求めた予備的請求はいずれも理由がないが、囲繞地通行権の確認を求めた予備的請求は、控訴人が本件土地につき囲繞地通行権を有することの確認を求める限度で理由があり、したがって、通行妨害禁止及び妨害排除請求も、本件土地につき、囲繞地通行権に基づき、被控訴人らに通行妨害禁止を求め、被控訴人久枝に本件土地上の物件の妨害排除を求める限度で理由があるが、その余は失当である。

3  よって、控訴人の請求をすべて棄却した原判決は一部不当であるから、これを右のように変更することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六七条二項、六一条、六四条、六五条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 塩崎勤 裁判官 小林正 萩原秀紀)

〈以下省略〉

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